人生は、生きていると時折、残酷な側面を見せます。今までの自分自身の人生がすべて無駄だったのではないだろうかと疑いたくなる。そんな瞬間に幾度となく出会います。
自分なりには結構、努力を重ねてきたつもりでも、カバーしきれていなかったことに気づいて不意打ちを食らってしまうようなタイミングがあるでしょう。
そんな時、多くの人が自信を失い、自分自身の殻に閉じこもってしまいたくなる。そして、手っ取り早く閉じこもってしまうのが、一番楽な道だと感じることでしょう。いじけて、誰かがなんとかしてくれるのを待ち望み、「君は悪くないよ。」「悪いのは他のみんなさ」と優しい言葉をかけてくれる人がやって来るのを待ち望んでいる。味方になってくれる人の出現を待っている。一人では立ち直るのは困難な状態に陥ってしまっています。
自分の中に現れる人生の壁。その壁を、つぶしたり、越えたりするのが、苦手な人が多いと感じています。私もそのうちの一人です。決まって機嫌が悪くなってしまい、周囲に当たったり、人のせいにしたり、憤りを爆発させて発散したり等、ネガティブな行動に変換して、さらに悪循環を生んでしまう原因を、すぐに作ってしまいます。
客観的に自分自身を見られない状態になってしまう。多くの場合、自分自身をコントロールできない状態に陥っている。これが原因となります。
逆説的に言うと、心と体がしっかりと合致している状態。精神と肉体を切り離して行動できていない、きわめて人間的な、動物的な衝動がそうさせている。”人間らしさ” ”動物らしさ” 故、無理もありません。
歴史から学ぶに、衝動による報復が戦争を引き起こし、人間は多くの過ちを犯してきました。
これは事実であり、人間という生物の本質です。
この本質の部分を否定してはいけないと私は考えます。これを否定するということは種全体を自身が受け入れられないという状態です。つまり、自分自身を否定しているのと何も変わらないからです。本能的に反応するのをきちんと受け止める。”反応”として理解する。これは必ず必要な行為であり、重要な部分です。
ネガティブな発想から即行動に繋げる。だからうまくいかない。普段全く行動を起こさない人間が、ここだけは自己防衛的に速攻行動に移してしまいます。だから負の連鎖の肥大は大きく早い。そういうことが言えるのです。
逆に、ポジティブな発想ができたとしても 「面倒だ」、「そうすればいいと分かっては居るんだけどな、、」と言って実行しない。 ”現状維持バイアス” や、”あまのじゃく” が働いて、結局行動に移さない。現状を打破できずに愚痴や御託を並べる。こういう人間は、ネガティブな発想からは、即行動に繋げる ”待ち受け型 報復タイプ” と言えるでしょう。
生きているからこそ、様々な感情に出会います。
うれしいことも、悲しいことも。
それらは、両方存在するからこそ、両方が存在し得るもの。
片方を完全に否定してしまうということは、もう片方をも、否定してしまうことに繋がります。ポジティブがすべてではありません。それらの作用をきちんと理解して、使い分けを行う。これができるのは人間だけ。
だから、これに挑戦することが ”大切” なのです。
これに ”挑戦することができることに喜ぶべき” なのです。
人を殺し、陣地を奪えば、いつか奪い返される。
この原則は理解できるでしょう。
であれば、
我々がとるべき行動は、生きるか死ぬかの殺し合いではなく
互いが互いを ”大切に仕合える生活” であるべきなのです。
理性的な行動のきっかけを作り、その一歩を大切に歩む。
人生の壁を超えるために必要なものは、理解と分別と創造と一歩。
平ぐ世界を、あなたは作る事ができる。
そういう風にできていると、私は思います。
今日が人生で一番若い日です。
人生で一番高い壁も越えられる可能性が極めて高い状態です。
まだ今年は始まったばかり。人生をあきらめるのは簡単。
習慣的に自分自身を見つめ直して良い方向へ向かう舵を取ろう。
それが自分自身をコントロールするということに繋がります。
今年も ”絶対” ”必ず” 強くなろう。
壁を越えてその先を見に行こう!