「空の駐車場について」
かつて、和歌山県海南市に在住していたころを思い出す。
早朝のランニングをしていると紀三井寺陸上競技場周辺の駐車場は
一台の車も停まっておらず、朝日を浴びてキラキラとしていた。
走る私と日差しの角度が交錯して、
その真新しく舗装されたアスファルトと純白の区画線は朝露に濡れ
細やかな煌めきを放ちながら、時に水面の反射のように
走る私の目に映っては、揺れた。
山裾のその一帯は澄んだ空気が広がり
夜明けの冷たさに陽光が差し、心地の良い湿り気を帯びていた。
走りながら考えていたことは、湧き上がってくるワクワクするような
今後の構想であった。その頃、私は間違いなくキラキラと輝いていた。
前向きな姿勢、前向きな思考。幸せな家庭。子供たちの笑顔。
ささやかながら、必要なものはすべて持ち合わせており、
「今以上に幸せな日々はもしかして訪れないのかもしれないな」
なんてことを考えたことがあった。
結論から言うと、その直感は正しかった。
当時の私は、現在の私を予見していたと言ってもいいと思う。
”禍福はあざなえる縄のごとし”
この言葉は、幸福と不幸は交互にやってくるという意味のことわざ。
幸福な生活の後に来るのは、幸福ではない方の生活。
まさに今、それが冬将軍の様に
ここ和歌山市内の私の直上にて猛威を振るっている。
いくら走って逃げようと、もがいたとしても
必ず私の真上まで来て、これでもかというほど猛威を奮っていた。
ほら、挫けろ!まだ立っているのか?これでもくらえ!
私は寒さに震え、おびえ、うずくまっていた。
やめてくれー!助けてくれー!だれかー!
すがるような思いの日々を私は過ごし
爆撃を受けたような焼け跡の街並みを、寒さに耐えながら
とぼとぼと一人彷徨ってでもいるかのような日々が続いた。
近年の記憶の中で最も酷い冬を過ごしていた。
その冬将軍は、時の経過とともに少しずつ春に押され
やっと、後ろ姿になっていると認識している。
現在2025年3月末。
あとは静かに見送らせていただくだけであってほしい。
もう帰ってこないでほしい。お願いだから。
今のうちに”禍福はあざなえる縄のごとし”の、その縄の
”福”側の縄だけにしてしまって”禍”の方を
ゴミの日に出してしまいたいものだ。
いや、ガスバーナーで火をつけて焼き尽くしてしまってもいい。
縄なんてあざなわなくたっていいから。
もうほんとに来なくていいから。
そう懇願するガチ勢と化している。
なんとも情けない話である。
このように執筆に取り組めるようになるまで
やることなすこと裏目に出る始末だった。
私は、ドがつくほど方向音痴で。
かつ、じゃんけんが弱い。
右と左の岐路に立った時、私は必ず選択を誤る。
誤りの打率については大谷選手をしのぐかもしれない。
逆の逆を選んでも結局私の選択は、誤りであることが多い。
といった性質であっても、何とかそれまでは生きてこれていた。
何かのご加護を受けていたのではないかと考えている。
—
一時の私は、龍の存在をこの現世に認識していた。
龍神村で現場監督として現場を運営していたころ
山々にいつも、手を合わせて祈っていた。
「この工事が無事、災害に合わず無事竣工できますように」と。
山の荘厳さ、自然の雄大さ。河川の流麗さ。どこをとっても
龍神村は龍が住んでいると言っても不思議ではない場所であった。
私は身を粉にして現場運営に駆け回った。
現場は川沿いの県道が増水時に道路半分えぐられ
崩壊したものを復旧する工事であった。
厳しい自然との闘い。
山の斜面を切り込んだその道路の上方は急峻な倒木だらけの山。
いつ落ちてくるともしれない木々の真下での作業となる。
実際、嵐とともに落ちてきたこともあった。
崩落した道路を挟んだ反対側は
下方15メートル程度のところに河川が流れている。
何をするにしても慎重な判断が必要な状況となっていた。
ここで起こる様々な事象、これらの一つ一つの中に
龍神様の加護を感じ、安堵するようなことが頻発していた。
さきの嵐の倒木の際も、コンクリート打設を前日には延期の判断をし
段取りをストップさせていたため倒木撤去作業にリソースを割くことが出来た。
河川は氾濫するも、立て込んでいた型枠の下端より以下で
何とかとどまってくれていた。
それでも相当の轟音とともに河川は荒れ狂っていた。
この頃、私は初めて龍神様というものの存在を感じ始めた。
本当にいるのかもしれないと。
工事履行のため様々な資料作成と
現場指揮を業務とする施工管理という職業は
過酷の一言に尽きる。
まさに男の仕事である。
自宅から現場の距離が遠ければ遠いほど朝の出発は早くなる。
そこに始業準備のためにゆとりをもって出勤するとなると
朝5時や6時に家を出ることになる。
8時前から現場朝礼をし、そこから17時まで現場を回転させ
その後、書類等の残務処理は、残業するのが日常茶飯事。
20時に事務所を出て通勤で2時間程度。帰宅は22時というような
愚にもつかない生活になってしまう。そしてまた朝6時には出発する。
そのようなサイクルで体力的にも、精神的にも削られる。
いざ現場に立てば、士気をあげて現場運営を鼓舞しながら、諸業務に励む。
するとトラブルが起きる。そして対応。
今思い出しただけでも、馬車馬である。
よくもまあ、このような働きができていたなと
感心するばかりである。
そうしているうちに、龍神様は姿を現す時が来た。
龍神の現場を終え、次の工事の竣工検査の当日。
海南の自宅を車に乗って出た私は龍を目の当たりにしたのだった。
身の毛のよだつ想いとは、まさにこのことだった。
海南インターは少し山側にあるのだが、インターへ向かう道中
曲がり角に向かって正面、フロントガラス越しに
白く濃い霧の帯が山沿いに横たわっているのが確認できた。
曲がり角を左折し国道42号に入る、正面には先程の霧の帯。
右の車窓から見えるのは長く長く伸びた白い連なり。
まるで大蛇が山裾に横たわっているのではないだろうかと言わんばかりの
雄大な姿を見ることが出来た。
まさかまさかと思い、アクセルを踏み、道なりに進みながら
先端を追いかけるが、向こう側の大きな建物で
その先がどうなっているのかは、ここから目視できない。
山裾と平行に進み大きな交差点を右に曲がり山裾に近づく
次は大きく左折、遮っていた建物を越えた瞬間、
そこに現れたのは。
紛れもない、龍神様の姿であった。
大蛇のような太く長い白き霧の先端には、龍神様の「顔」があったのだ。
かすかに口を開き、
吸い込まれるような眼光をしたため、
頭頂部には角が伸びている。
それはまさに雄大に山裾を回遊する霧の龍だった。
全精力をつぎ込んで完成させた竣工検査書類。
これ以上何も出せない。そこまで絞り出した作品を納品し
迎えた竣工検査の当日の朝。
この検査はきっとうまくいく。そう思った。
啓示というものを、私は痛感した。
そして緊張と冷静さの間に立ち、検査員と対峙し、
現場確認を経て、滞りなく竣工検査を終えた。
その後いただいた結果は、すさまじいものであった。
工事評定88点。
そして後に、優良工事表彰を受けるに至ったのであった。
あれからも、しばらくの間、龍神様のご加護を得ていたように思う。
そのおかげ様で私は幸せな生活を営むことが出来ていたのだと振り返る。
「今以上に幸せな日々はもう二度と来ないんじゃないか」
と思ったあの狭いアパートの
ぎゅうぎゅう詰めの寝室で
家族4人で寝床について
おしゃべりしていたあの日。
あの瞬間が私にとっての最高だったような気がしてならない。
それから龍の姿を見ることはなくなった。
現在の私はさきにも触れたように冬将軍の猛威に見舞われ
身をよじりながら辛酸をなめ倒した。
海南で生活していた頃がひどく懐かしい。
—-
空の駐車場は、黙って車を待ち受けている。
やってきた車は、決められた枠に駐車され
駐車場としての役割を全うしている。
(私は黙っていることが出来ない。
駐車場にはなれない。
そこが私と駐車場の違いである。)
寛大な駐車場は、来るものを拒まず
停められるがまま、白線をはみ出した車両があろうが
何も言わずに車両を受け入れる。
そして用事を済ませた人々を何も言わずに見送るのである。
無機質で機能的。合理的。
時にたわみ、歪み、陥没する。
朽ちれば新しい舗装材に取り替えられ
またその職務を全うする。何も、一言も発しはしない。
私に求められていいるのは、何も言わずに態度で示すこと。
という一部からの見解がある。
だが、私は駐車場ではない。
一人の人間だ。
声が出る限りは、しゃべることもある。
キーボードがある限りは、キーを指以外でも打つことが出来る。
たとえ指がなくなっても。
脳がまだ活動しているのなら、思考する。
これをしてはいけないという禁止令はない。
生きている以上、何かを考え、さまざまな状況に遭遇し
その時点での適切な処理を考えてしまう。
ヒューマンエラーだってある。
駐車場になれ、というのはもはや
人間であるな、ということではないだろうか。
頭がおかしいと言われることもあるが、
頭がおかしいのは、お互い様だとおもう。
完璧な人間などは存在しない。
歪みを許容し合えるのが人間というものだと思っている。
人間として話し合いをして、折り合いをつけ
付き合っていくのが人間関係だとおもう。
それが人間として生まれてきた者が
”行使できる技” なのではないのか。
しかし ”例外” もあることは確かだ。
—
アスペルガー症候群の人のパートナーなどが例外にあたる。
アスペルガー症候群の人の特徴は、「相手の表情や空気が読めない」
「冗談が通じない」「文字を額面通りにしか理解できない」
「会話の裏側や、文章の行間を読めない」
「特定のものや行動に強いこだわりがある」
「感覚過敏や感覚鈍麻」などがあげられる。
これは発達障害の一つで現在では
ASD(自閉スペクトラム症)という名前になっているそうだ。
スペクトラムというだけあって、ひとくくりにできないムラが存在する。
普通の人のようで、実はグレーゾーンの人はたくさんいる。
生活に支障のない程度の人は、あなたの身近にも必ず存在すると考える。
私の場合それが、妻だった。
彼女自身がそのように診断されているのかどうかは知らない。
し、認めようとしないものだと考えている。
誰だって、「発達障害じゃないの?」といわれると嫌悪感を抱くであろう。
それを否定したくなるのが心情だとおもう。
しかし、彼女が、さきにあげた特徴を網羅的に
制覇していることは身近にいた私からしてみれば
否定することが難しい。
そして、アスペルガー症候群のパートナーを持った人は
カサンドラ症候群と呼ばれるものに陥る可能性がある。
—
カサンドラ症候群とはどのようなものか。
”パートナーあるいは家族など身近にいる人が
自閉スペクトラム症(ASD)のため、
適切な意思疎通や関係性を築けない心的ストレスから、
不安障害や抑うつ状態といった症状が起きている状態を
指す言葉です。
「当人の苦しみがパートナーや周囲の人に理解されず、
孤立した状態に置かれること」がカサンドラ症候群の
大きな原因であると考えられています。”
—
どこかのページから拝借した説明文である。
カサンドラ症候群に陥りやすい人というのにも特徴がある。
「真面目」「几帳面」「完璧主義」「忍耐強い」
「面倒見がいい」といった性格の人が
カサンドラ症候群になりやすいと言われているそうだ。
そして私はこれに当てはまる部分がある。
アスペルガー症候群の妻と
カサンドラ症候群の夫という関係性が
成立してしまっている。
私が苦しんだ ”冬将軍の正体” が実はこれである。
意思疎通ができない苦しみをご存じだろうか。
詳しくは ”ここ” を見てほしい。
ひとくくりに人間関係がうまくいかない
と言うと、ひどく当たり前に響く。
私が普通の人間だと断定はできない。
ADHDやHSPなどの症状があるのかもしれない。
何らかの特徴を持った者同士が、コミュニケーションに
齟齬が生じてしまうのは致し方ないことなのである。
占星術の相性占いもMBTIの診断結果も
何かを決めつけるにはいいのかもしれない。
だがしかし、そんなものでは片付かないこともある。
片づけてはいけないものがある。
人間が持った性質、特徴。
ここのかみ合わせの悪さが、”例外” なんだと思う。
「人を変える前にまず、自分を変えよう。」
よく聞く言葉だ。
人を変えることに努力しても、そうそう変わることはない。
これはある程度経験してきたので、わかる。
「自分を変えられるのは自分自身だけ」
よくわかってる。
だから私は、妻の性格を変えることはできない。
逆に妻も、私の性格を変えることは出来ない。
だからこそ、お互いの特徴を認め合う必要がある。
許容し合うことが出来ない限り共生していくのは不可能となる。
片方が譲れないのなら、即座に成立しないことになる。
解決策は、互いがまず、自己がどういうものかを知り
そしてそれをお互いに理解し合い、
どういう生活形式をとる必要があるのか話し合うことだ。
これができない状態のままであるならば、
お互いにストレスを感じながら生活をすることになり、
結果的に崩壊することになる。
会社員として土木の施工管理の仕事にあけくれていた過去は
妻との接触時間も短時間であった。
これが良かったんだと今振り返って理解できる。
短時間なら、雑事に追われお互いを注視し合いたくても
事実、できない。気が付くと仕事に行ってしまうのだから。
違和感を感じる程度で収まっていたんだろう。
環境の変化が、問題を大きく露呈させたに違いない。
長時間一緒に居続けたことが原因である。
そこを見落としていたということだ。
—
空っぽになった駐車場をみつめる私は
心が空っぽになってしまっている。
—
だがやはり私は人間でしかない。
生きていくしかない。
どのような形になるかはわからないが
折り合いをつけ前に進むしかない。
—
朝露に濡れた駐車場に桜が舞い落ちて
車がやってきて桜の花びらを踏みつけながら
駐車し、そして去ってゆく。
そんなワンシーンと、僕の人生とに
そんなに大きな違いは、ないのである。
傍らを颯爽と駆け抜けていた
かつての自分に言ってやりたい。
「立ち止まるな」と。